ケータイ刑事銭形泪4話[裏ネタ編]PART 1 [ケータイ刑事]
今回からは1st.4話の「舞台の上で死ねれば本望だ! ~劇団ちからわざ俳優殺人事件」の「裏ネタ編」です。この物語は、佐藤二朗さんが「ケータイ刑事」で初めて脚本を書き、やりたい放題の独壇場となった物語でもある。で、この物語はいつも以上にネタが多いということで、果たして何回になることやら...
初回の今回は、今回はやはりこの人ということで「佐藤二朗」について、そしてその二朗さんが主催する「劇団ちからわざ」について、そして、劇団名から「東京感電死」というギャグが飛び出したが、これに繋がる「東京乾電池」について記すことにする。
尚、約2年半前のBS-iでの再放送時に記した本編について記した記事は「ここをクリック」してご覧下さい。
「佐藤二朗」:1969年、愛知県生まれ。文学座の養成所を出ている。何処か妖しげな超個性的なキャラクターで独自の雰囲気を持っていて、ドラマでは脇役として独特の個性を発揮している。で、数多くの作品で脇役として出演している。そんな中、2008年、「拝啓トリュフォー様」で、念願の主役の座を獲得した。
1996年に「劇団ちからわざ」を旗揚げして、舞台の方で活動しており、自ら脚本を書き、演出を手掛けることもある。(これに関しては、別途記す。)
映画の方でも、これまでに多数出演していて、それぞれ味のある個性を発揮している。2008年、「memo」では監督も務めた。(脚本も)
「ケータイ刑事」へは「銭形舞」の2話が最初の出演であって、5つの物語に出演。内1回は、鑑識・柴田太郎の弟・柴田次郎を演じている。「銭形泪」からは準レギュラーとして、警部補・佐藤公安を演じた。(映画「M1」でもこの役を演じた。)また、今回の物語で脚本家としてもデビューを果たした。(「泪・2nd.18話」と「零・2nd.8話」でも脚本を書いていて、「ケータイ刑事」では3本の脚本書いている。)「銭形零」ではパイ屋の遠州理津として準レギュラーとして出演し、「雷」と「海」にも出演している。特に今では「悪夢シリーズ」欠かせない顔である。
「劇団ちからわざ」:1996年に旗揚げされた劇団であって、主催するのは佐藤二朗。1996年から、ほぼ年に1回のペースで公演を行っていて、これまでに9回の公演を行った。第3回公演までは、佐藤二朗の作と演出であったが、1999年の第4回公演からは、作:佐藤二朗、演出:堤泰之で行われている。(堤泰之:1960年生まれ、1991年にプラチナ・ペーパーズという演劇の製作会社を設立する。劇団ちからわざの公演だけでなく、数多くの劇団の公演で演出を手掛けてきている。また、映画「スリ」や何本かのTVドラマでも脚本を書いている。)
これまでの公演は以下の通りである。第1回公演(1996年11月)「ハーフドゥーンな男たち」、第2回公演(1997年8月)「ブリッジ」、第3回公演(1998年6月)「猫は暗闇でも目が見える」、第4回公演(1999年5月)「さきわうためにできること」、第5回公演(2001年1月)「火なら燃えなきゃ~コントはやはり芝居より軽いのか?~」、第6回公演(2002年9月)「アウチ!~死ヌマデ生キル~」、第7回公演(2004年3月)「ポウズ~さきわうためにできること・改訂版~」、第8回公演(2006年9月)「ランプ」、第9回公演(2008年1月)「ムコウカタ」。
「東京乾電池」:1976年に柄本明、ベンガル、綾田俊樹によって結成された劇団である。尚、座長は柄本明である。漫才ブームの中、コントを行っていたことから、お笑い劇団というイメージが生まれる。しかし、イメージの定着を嫌って、方針変更を行い、岩松了作品を「町内劇シリーズ」「お父さんシリーズ」として上演、この中の「蒲団と達磨」が第33回岸田国士戯曲賞を受賞している。これによって「お笑い」というイメージは完全に無くなった。
'90年代になると、チェーホフの作品を上演したり、名画「しとやかな獣」を上演したりと、意欲的な所を見せている。
主な所属俳優は、柄本明、ベンガル、綾田俊樹、角替和枝、江口のりこ、たちがいる。また、現在は所属していないが、かつて籍を置いていた俳優としては、高田純次、蛭子能収、六平直政、小形雄二、岩松了、田口浩正、広岡由里子、井田國彦、徳丸純子、田岡美也子、たちがいる。
↓二朗さん関係をいくつか(メジャーなところは省きます。)
↓「東京乾電池」関係
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