ケータイ刑事銭形泪38話(2nd.25話・AS3話)[裏ネタ編]PART 11 [ケータイ刑事]
「銭形泪」の2nd.第25話(アナザーストーリー第3話、通算では第38話)の「未確認生物メッシー現る ~マルコポーロを迎撃せよ!」の裏ネタ編・増補の2回目となる今回は、冒頭のチケット売り場で柴田さんが買おうとしていたのがこれのチケットだったことから「格闘技」について、渡された切符がこれだったことから「片道切符」について、二朗さんが口にしていた言葉である「エキストラ」について、メッシーについてこれに記載があるということになっていた「古文書」について記します。尚、「古文書」については「泪・38話(2nd.25話・AS3話)[裏ネタ編]PART 6」で記したものをベースにして加筆しました。
また、この物語について過去に記した記事は「ここをクリック」してご覧下さい。(この物語についての「裏ネタ編」は、2009/12/3、5、6、8、10、13、15、17、20日付けで記しています。)
「格闘技」:武器を使用することなく、自分の身体を使って攻撃と防御を行って戦う競技のことである。また、プロレスなどのような興行も含まれる。
戦い方としては、素手で戦い、組み合ったり、打ち合ったりする。また、これに蹴りも加わる。(競技によっては、蹴りが禁止というものもある。)
様々なものがあって、柔道のような武道として成立しているもの(同時に組技系中心のもの)から、プロレスのようなショーの様な要素があるもの、キックボクシングやムエタイなどのように打撃系を中心としたもの、(アマチュア)レスリングのような組技や寝技を中心としたものなどがあり、それぞれを組み合わせたようなもの、更には競技の種類を越えた「異種格闘技」というものまでがある。(異種格闘技になると、兎に角「強いものが勝つ」という世界になる訳ですね。)
尚、英語では「Martial Arts」という言い方が一般的になっており、日本語でも「マーシャル・アーツ」と言うこともある。また、ドイツ語では「Kampfkunst」、フランス語では「Art martial」、イタリア語では「Arte marziale」、スペイン語では「Arte marcial」、中国語では「武術」と言う。
「片道切符」:切符とは、料金の支払いが完了している事を証とする券のことであり、鉄道の乗車券、映画館などの入場券などがある。また、特定の商品の引き替えのために用いられる券の場合もある。(戦中の「配給切符」はこれに該当するものである。)しかし、一般に「切符」と言うと、鉄道の乗車券のことを指す。
鉄道を利用する場合は、乗車駅から下車駅までの乗車券を購入することになり、普通は発駅から着駅までの一方向に1回きり有効というものである。(帰路では、着駅と発駅が逆になった切符を改めて購入することになる。)そのため、通常の切符は「片道切符」である。
片道切符以外の切符としたら、「往復切符」と呼ばれるもの、「連続切符」と呼ばれるものがふる。前者はある2駅間の往路と復路の片道切符をセットにしたものであって、往路と復路で別々に切符を購入する必要がなく、最初に購入しておけば良いというものである。一方、後者は特殊なものになるが、往復の一部区間が異なる場合の通し切符などである。
尚、往路と復路が完全に異なる経路であれば、発駅と着駅が同じ片道切符とすることが可能である。例えば、「東京駅」→(秋葉原経由)→「錦糸町駅」と「錦糸町駅」→(馬喰町経由)→「東京駅」とか、「京都駅」→(奈良線・木津/片町線・京橋経由)→「大阪駅」→(東海道線経由)→「京都駅」などは、時間が余計にかかることになるとか、距離が長くなることで最短距離の運賃の2倍(=往復)よりも高くなるなど、非経済的なことになるものの、連続切符にすることができる。(特に、前者の場合だと、片道切符にすると、途中下車をすることになって前途無効になってしまうが、「連続切符」にすると前途無効にはならなくなる。→とは言っても、そんな手間の掛かることなど、誰もしないでしょうが...増して、最近では切符を購入せずにIC乗車券が広く利用できますし...)
また、片道切符は発駅から着駅までの一方通行であることから、西欧では、男性がプロポーズをする相手の女性に対して、自分の所に来て下さい、という意味で贈ることも多いものになっている。そこから派生的に、行ったら戻ることのない旅のことを比喩的に表現する言葉にもなっている。
尚、英語では「One-Way Ticket」、ドイツ語では「Einfache Fahrkarte」、フランス語では「Aller Simple」、イタリア語では「Biglietto D'andata」、スペイン語では「Billete de Ida」、韓国語では「ピョンドビョ」と言う。
そう言えば、1960年に日本では、アメリカの歌手であるニール・セダカが歌った『恋の片道切符』(原題:One Way Ticket)という曲がヒットを記録している。尚、この曲は、布目理科では1959年にリリースされたシングル『Oh! Carol!』のB面の曲であっただけなのだが、日本ではこの曲の方がヒットを記録することになり、アメリカではシングルのB面曲に過ぎないが、日本では彼の最大のヒット曲になるということが起こっている。そのため、ニール・セダカは、アメリカでのライヴでは『恋の片道切符』を歌わないことも多いが、来日公演では必ず歌っている。
また、1960年のオリジナルヒットの当時には平尾昌晃が日本語カヴァー・ソングを歌い、それ以後も数多くのシンガーたちが(日本語)カヴァーをしていることで、お馴染みのオールディーズ・ポップス・ナンバーとして広く親しまれている曲になっている。
「エキストラ」:英語の「Extra」の意味としては「臨時のもの」「番外のもの」「余分なもの」「追加のもの」と言う意味である。また、映画やテレビの世界では端役を演じる臨時雇いの俳優のことを指して言う。
この物語では、当然、後者のことであって、臨時雇いの俳優のことを指している。エキストラを使うことは当たり前になっていて、主役と脇役を除いた所謂「その他大勢」ということになり、「通行人」などと呼ばれることもある。
エキストラを集める方法としては、芸能事務所が集める場合と、撮影現場で募集される場合とがある。特に事務所が集める場合は、登録制として人を確保しておき、その中から条件に合うような人を選ぶという方法がよく用いられている。そのため、本職の役者を目指す人だけでなく、エキストラとして様々なドラマに出演することを趣味としているような人もいる。そういう背景があるため、この物語で二朗さんは「何処の事務所だ?」ということを口にしていたということになる。
尚、また、よくあるエキストラとしては、製作スタッフがエキストラとして出演することもある。(例えばADとか、俳優のマネージャーなど。)→この場合のエキストラのことを「内トラ」(「内部のエキストラ」を省略した言い方である。)と言うこともある。
エキストラは、画面に登場するものの基本的には台詞は無いが、映像作品を製作するには必要不可欠であるのもまた事実である。
「古文書」:過去の時代の資料となる古い時代の文書のことである。歴史学では、著述編纂物や記録と区別されていて、特定の相手に宛てて、ある事柄を記述したもののことを指す。(乱暴に言うと、誰か他人に宛てた手紙のようなものということになる。)よって、個人の日記やメモの類の記録は誰かに宛てたものではないため、古文書ではないことになる。また、この定義であれば、出版した本などは不特定多数の人が見る者となって特定の相手に宛てたものではないため、古文書ではない、ということになる。→個人の日記の類であって、歴史の資料となるようなもののことは「古記録」と呼んでいて、「古文書」とは区別されている。
歴史学に於いては、古文書は重要な資料であって、新たな古文書の発見が、これまでに知られている歴史を覆したりするような発見に繋がる場合もある。そのため、古文書自体を研究する学問としての「古文書学」というものまで存在していて、特に奥州では歴史学には無くてはならないものとして重要にものとして扱われている。
現代の感覚からすると、「古文書」は「文書」であるため、紙に記されたものというイメージがあるが、「古文書」の場合は紙に限らず、石板などのように石に記したもの、粘土板に記したもの、布に記したもの、動物の皮に記したもの、木片に記したもの、金属に記したものなども存在していて、これらも立派な「古文書」である。(つまり、古代エジプト王国から発見されている石板なども立派な「古文書」ということになる。)とは言っても、歴史的には紙を使用したものが多く、古文書として現在認識されているものは、紙に記したものが圧倒的に多い。(例えば、エジプトではパピルスなどがあり、中国でも紀元前の時代に紙は発明されているので、紙の使用の歴史は実は長いのである。)
ちなみに、現存している日本最古の文書(=古文書)は西暦702年に記された戸籍である。(西暦702年というと、平城京に遷都される前のことであり、前年の701年に大宝律令が制定されている。)→現存していないものとしてはそれよりも古いものがあるのは言うまでもない。
また、英語では「Archive」と言うが、「Ancient Document」という言い方や「Palaeography」と呼ばれる場合もある。またドイツ語では「Paläografie」、フランス語では「Paléographie」、イタリア語では「Paleografia」、スペイン語では「Paleografía」と言う。
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